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この会では、『存在と時間』の原書を、最初の1ページから最後の1ページまで丁寧に読むことを目標にしています。毎回、担当者を決め、翻訳と解釈を発表します。参加者にとって不明な点は担当者ができる限り説明するよう努め、質疑応答のなかで理解を深めていきます。

『存在と時間』は現代の哲学の最も基本となる著作で、これを理解することは、現代の哲学の動向を追跡するためには欠かすことができません。『存在と時間』を読む過程で、こうした現代の哲学との連関についても議論を深めていきたいと思います。それは、現在我々が抱える諸問題を明確にすることに繋がっていくでしょう。

参加は無料で一切制限ありません。ドイツ語の能力も問いません。学ぶ意欲のある方ならどなたでも自由に参加できます。奮ってご参加ください。

問い合わせ先:szdokushokai ■ gmail.com(「 ■ 」を@に変え、送信ください)
毎週火曜に、「『存在と時間』をドイツ語で読む会」の入門編を行なっています。 入門編では、『存在と時間』の基礎知識とドイツ語のテキストの読み方を丁寧に解説しています。
なぜハイデッガーはそれほど重要か(文=吉次基宣)
1.問い
「なぜに存在者が存在するのであって、むしろかえって無ではなかったのか。」
これが問である。ドイツの哲学者マルチン・ハイデッガーが生涯を通じて問い続けた問である。人はいう奇矯な問であると。確かに奇矯な問である。人はこんな問には見向きもしない。科学を信奉し、知のあらゆる領域で科学的に思考し、状況に応じて現実的な判断をしようとしている人にとっては奇矯な問である。新たな技術と企業の活動に注目し、その最新のデータを収集し、適切な投資先を探ろうとしている人にとっては奇矯な問いである。何らかのプロジェクトに参加し、その目標に向けて懸命になっている人にとっては、このプロジェクト自体がこの奇矯な問いを問うことを許さない。……
こうして人は日々この問いの前を素通りするのである。
ところが、ハイデッガーにとってはこの問いを問うのか、問わないのかが決定的に重要なのである。文を読む…


連続イベント! 2019年3月8日(金)

第3回 齋藤元紀氏著『存在の解釈学』を読む


当会では、齋藤元紀氏をお招きし、氏の著書『存在の解釈学』(法政大学出版局)を精読する連続イベントを開催しております。第3回目は2019年3月8日に開催を予定しております。
本イベントでは、解釈学の観点から『存在と時間』の思想を究明する本書を、『存在と時間』の単なる手引き書として繙くのではありません。Heideggerの思考の道を丁寧に歩んだ齋藤氏の足跡を、私たちも自らの足で辿ることが目的です。
ですから、参加者のみなさまには、テキストの当該箇所について質問事項や感想などを、事前にお送りいただくようお願いいたしております。
この作業を通じて初めて、ひょっとしたら私たちも哲学的伝統の端緒に就けるのかもしれない、そんな願いを込めて開催いたします。

本連続イベントは、当会メンバー以外の方々のご参加も大歓迎です。お気軽にお問い合わせください。みなさまのご参加をこころよりお待ち申し上げます。

1)日 時
2019年2月予定

2)場 所
東京都千代田区(お申し込みいただいた方にメールでお知らせいたします)

3)テキスト
・齋藤元紀氏著『存在の解釈学 ハイデガー『存在と時間』の構造・転回・反復』(法政大学出版局)
・第3回目の精読箇所は「第3章」です。

開催日一週間前頃までに、上記当該箇所の感想または質問事項などを、A4で1枚を目安にお書きいただき、下記のEメールアドレスにお送りください。
※テキストは各自でご用意ください。

4)申込方法
Eメール「szdokushokai ■ gmail.com(■を@に変えてください)」まで、下記をお知らせください。
・お名前
・ご所属
・携帯電話番号
※メーリングリストに登録されている方は申し込み不要です。

5)申込締切
開催日1週間前を目安に締切とさせていただきます。

2019年1月16日水曜日

次回の金曜日の会 2019 1/18  『Sein und Zeit』編

日時:2019年1月18日(金)18:30〜20:30
場所:新宿区 
※ご注意!会場変更です。 

下記より読み進めます。
『Sein und Zeit』:
第54節の第8段落の冒頭、「Das Gewissen gibt »etwas« zu verstehen, es erschließt.」(269ページ、下から19行目)

2019年1月11日金曜日

次回の火曜日の会 2019 1/15  『Wozu Dichter』編

日時:2019年1月15日(火)18:30〜20:30
場所:千代田区(いつもの場所)

次の火曜日の会は『Wozu Dichter』編です。
下記より読み進めます。

「Das Ding」:
第29段落の冒頭、「Wie faßt die Leere des Kruges?」(プリント164ページの7行目)より。

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次の『Beiträge』編は1/29です。
下記より読み進めます。
※1/22は会場の都合により休会です。

1)渡邊二郎『ハイデッガーの「第二の主著」『哲学への寄与試論集』研究覚え書き』:
第4章 第3節(1)(ⅲ) 特に「第二の主著」における《Entrückung》と《Berückung》について」(273ページ)より。

2)『Beiträge zur Philosophie(Vom Ereignis)』:
第2節第5段落の途中、「Unausmeßbar ist der Reichtum des kehrigen Bezugs des Seyns zu dem ihm ereigneten Da-sein,  ……」(7ページの20行目)より。

今年最初の読む会でした。みなさま今年も一年よろしくお願い申し上げます。

2018年12月23日日曜日

次回の金曜日の会 2019 1/11  『Sein und Zeit』編

日時:2019年1月11日(金)18:30〜20:30
場所:いつもの場所 

1/11は、金曜日の会としては年明け第1回目。下記より読み進めます。
『Sein und Zeit』:
第54節の第5段落の途中、「Die folgende Analyse stellt das Gewissen in die thematische Vorhabe einer rein existenzialen Untersuchung mit fundamental- ontologischer Absicht.」(268ページ、下から6行目)

さて、当会では2018年の一年をかけて第47〜54節の冒頭まで読みました。大部分が第2編第1章の「現存在のありうべき全体存在と死へ向かう存在」です。「死」をこれでもかというほど見つめ、挙句に「Freiheit zum Tode(「死に関わる自由」と訳せるでしょうか)」というキーワードまで持ち出してくるハイデッガーに、個人的には不気味さを感じ、改めてこの書物の恐ろしさを覚えた次第です。
来年は第2章へと進みます。「良心」がテーマですので、前章のような不気味さはないだろう、と安心は禁物。そこはハイデッガー、きっと恐ろしい言葉が展開されている……。以上、あくまで個人的な感想です。

金曜日の会では、『Sein und Zeit』講読のほか、齋藤元紀先生に3回もお運びいただき、ご講義いただきました。ご多忙のなか貴重なお時間を割いていただき、当会の参加者一同、御礼を申し上げます。

みなさん、来年も侃侃諤諤と意見を出し合い、巨人の書物に挑戦してまいりましょう。そのためにも、くれぐれもご自愛いただき、よいお年をお迎えください。

去年今年貫く棒の如きもの 虚子

(以上「み」でした)

2018年12月17日月曜日

次回の金曜日の会 2018 12/21  『Sein und Zeit』編

日時:2018年12月21日(金)18:30〜20:30
場所:いつもの場所 

12/21は年内最後の金曜日の会です。
下記より読み進めます。

『Sein und Zeit』:
第54節、第3段落の冒頭「Mit der Verlorenheit in das Man ist über das nächste faktische Seinkönnen des Daseins – ……」(268ページ、1行目)

2018年12月14日金曜日

次回の火曜日の会 2018 12/25  『Wozu Dichter』編

日時:2018年12月25日(火)18:30〜20:30
場所:千代田区(いつもの場所)

12/18は会場の都合により休会です。
次の火曜日の会は12/25です。
ご注意ください。

次の火曜日の会は『Wozu Dichter』編です。
下記より読み進めます。

「Das Ding」:
第26段落の冒頭、「Kam das Ding noch nie genug in die Nähe, ……」(プリント163ページの下から13行目)より。

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次の『Beiträge』編は年明けの1/8です。
下記より読み進めます。

1)渡邊二郎『ハイデッガーの「第二の主著」『哲学への寄与試論集』研究覚え書き』:
第4章の「第3節 特に《rücken》という語をめぐる諸語について」(265ページ)より。

2)『Beiträge zur Philosophie(Vom Ereignis)』:
第2節第4段落の冒頭、「Zu Zeiten miissen jene Grunder des Abgrundes im Feuer des Verwahrten verzehrt werden, ……」(7ページの10行目)より。

2018年12月11日火曜日

次回の金曜日の会 2018 12/14  『Sein und Zeit』編

日時:2018年12月14日(金)18:30〜20:30
場所:いつもの場所 

次の金曜日の会の12/14は『Sein und Zeit』編。
下記より読み進めます。
『Sein und Zeit』:
第2章 第54節の冒頭「Zweites Kapitel Die daseinsmäßige Bezeugung eines eigentlichen Seinkönnens und die Entschlossenheit」(267ページ、16行目)

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12/7の金曜日の会は齋藤元紀先生にお越しいただきました。
先生、お忙しいなかありがとうございました。
次回は、2019年2月を予定しており、『存在の解釈学』第3章を読みます。そこでは、カントの構想力解釈を通じて展開される、ハイデガーの超越論的な解釈学の構造が論じられているそうです。
先生の講義終了後には、懇親会も予定しております。
みなさまのご参加をお待ち申し上げます。

2018年12月7日金曜日

次回の火曜日の会 2018 12/11  『Beiträge』編

日時:2018年12月11日(火)18:30〜20:30
場所:千代田区(いつもの場所)

次の火曜日の会は『Beiträge』編です。
下記より読み進めます。

1)渡邊二郎『ハイデッガーの「第二の主著」『哲学への寄与試論集』研究覚え書き』:
第4章の「第2節 特に《Götterung》の語について」(259ページ)より。

2)『Beiträge zur Philosophie(Vom Ereignis)』:
第2節第2段落の冒頭、「Die Frage nach der Wahrheit des Seyns ist freilich das Eindrängnis in ein Verwahrtes; ……」(6ページの下から2行目)より。

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次の『Wozu Dichter』編は12/25です。
下記より読み進めます。
「Das Ding」:
第26段落の冒頭、「Kam das Ding noch nie genug in die Nähe, ……」(プリント163ページの下から13行目)より。